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1983年「蒼き青春」(当時K3)  小島 晃(K60)

 あることに”熱中している時”というのは実にいい。それに充実していると思う。それはある期間何かをやっているとか、打ち込んでいるとかそういうことだけではなく、むしろほんの数分、数秒といったような短い間のことのほうがこの熱中している時にあてはまる。

 卓球をしている時でもそうだ。ラリー中というのは、ただボールのみを追いつづけていて雑念などない。ボール1個に集中している。トレーニングのランニングにしても、競争の時というのは相手に抜かれまいと思いながら一生懸命走る。苦しいけど、何とかゴールまで走ろうと夢中で走る。この時、苦しさ以外何も無いとしたらそれは熱中している証拠である。

 この熱中度というのが高ければたかいほど、楽しさ苦しさ関係なくこの熱中している時が終わった瞬間思わず”いいなァ”と声を出して言いたくなってしまう。だから、こういう時つまり熱中する時というのをできるだけ多く持ってほしいと思う。
 名工大卓球部、これは、こうした何か熱中してやろうと思って集まってきた集団であり仲間である。そして一つの目的のために日々練習している。それは勝つためである。チームが勝つことを目的の第一としている。つまりは1部昇格である。仲間が、団結して一つのことを成し遂げようと熱中しているというのはすばらしいことだ。クラブのみならず、バイトでも、また社会に出てからでも仲間が団結して一丸となって助け合ってやり遂げようとし、その目的、目標というものがひとたび達せられた時は文章では書き表せないくらいの最高の気分である。と同時に仲間と言うものがいかに大切であり、大事であるか、仲間のすばらしさ、よさを知ると思う。

 仲間や集団で熱中できるのは今が、学生時代が一番多いと思う。そしてそこから得たものは一生自分に残るだろう。でもいつかはこうした仲間とも別れなければならない時が来る。そして、何か機会があってこうした仲間と、友と数年後、数十年後であった時は、実に、本当に、格別にうれしい。

   青春時代
   得たものもあれば失ったものもたくさんある
   でも前を見て歩こう
   夢中で何かをやろう
   失敗を恐れることはない
   君のまわりには仲間がいるじゃないか
   助けてくれるやさしい仲間が
   君のまわりにはいつだっている


今から振り返ってみても、学生時代に熱中できたものがあるのは、良かったと思います。学生時代にはそれだけの時間とエネルギーがありました。