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1983年 「必要なもの」(当時F2)  白田成男(F61)

 ついに(1984年の)5月にたってしまった。今までなにをしていたかというと、いつもと同じ生活をしていた。朝は11時まで寝ていて、学校を休み、そのついでにクラブを休むということも何日かあった。練習には出ないくせに、打っても打っても球が横に飛んでいくなどといって、大事な打球用具を台にぶつけていた。また、自分の事は棚に上げておいて、誰それは遅刻ばかりしている、まじめに練習しないなどと不満ばかり言っていた。そのうちいつのまにか、卓球評論家と呼ばれるようになっていた。
 実際、僕は評論家である。例えば、一応古典音楽が好きなつもりだけれども、楽器はひけない。楽譜は読めない、生演奏さえも知らない。しかし、作曲家名、曲名、演奏家、さらには評論家については、割と広く浅く知っているつもりだ。そして、それらの評論をすぐしてしまう。
 この前、ある先輩から、一体あなたは何が好きなのかわからない、といわれて、はっと驚いた。本にはよく、あの曲を聴いた時思わず泣けてきた、あるいはあの本を読んで感激したなどと書いてある。しかし、自分にはそんな経験などなかったから、その言葉を聞いて、自分は音楽が好きな振りをしているだけじゃなかったのかと考えて、一応落ち込んだ。音楽に限らず、いろんなものに手を出しているけれども、これだというものには巡り合っていない。それだから、色々と評論してしまう。才能のないものは何かにつけて文句を言う、と言うじゃないですか。
 というわけで今年は、評論家転じて動く卓球人、つまり足の動きの良い攻撃的かつ冷静な卓球を目指すつもりだ。ところが、この目標は1年の時から持っていたのである。それを実践しようとして、いつも中途半端に終わっているのである。小人始め有りて終わりなし。
 しかし、その原因が最近やっとわかってきたような気がする。それは「固さ」です。何をやるにしても、やわらかさが必要とされるのではないでしょうか。僕は、動きが固い、卓球機械のようだとずっと言われ続けている。読む本も固いものばかりである。あの無敵の愛工大選手は皆、たこ、あるいはうなぎのように見える。身体のやわらかさ、頭のやわらかさが必要だ。どうしたらやわらかくなれるのだろうか。
 今、俺に必要なのは何なのだろうか。


2年のこの頃は確かに悩んで荒れていました。しかし、この動く卓球人、つまり足の動きの良い攻撃的卓球への努力は、4年になって開花しました。部内で、最も早い速攻の1人でした。悩む時期は誰にもあることですが、負けないで頑張って継続してほしいと思います。