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1983年 「リーグ戦!」(当時W2)  曽田正道(W61)

 昨年のスマッシングの井出さんの投稿を読んでいると、1年の秋のあの感動が、2部へ昇った時のあの感動が蘇ってきました。丹羽さんの事、広部さんの事、胴上げの事、色々な事が思い出されます。しかし、僕にとって忘れられないのが第3日目、宿敵愛教大との一戦、2−2で迎えた多田−倉知戦、よもやと思われた多田さんの敗北でした。

 多田さんのカットを倉知選手が丁寧に粘り、着実にポイントをあげて勝つのです。ビンビンのドライブで打ち破るのではなく、強打ともツッツキともわからない、ハエのとまるようなフワリ、フワリとしたボールで、そうマークが見えるボールで勝つのです。スマッシュはナックルでカットしてもネットへ。そう、倉知選手はイボ高ラバーを使っていたのでした。

 これはおもしろいと思った僕は、リーグ戦が終わり2部へ昇ってからラバーをイボ高に変えました。慣れて来るにしたがっておもしろく、かつ難しいのです。相手のドライブやカットはある程度返るのですが、こっちからの攻撃がうまくいきません。プッシュ性のツッツキを考えました。これは以外に効果がありましたが、やはりフォア−での速い攻撃が必要なのです。1セット目はイボ高の威力で取れるのですが、相手が慣れてきた時に点が取れずに負けてしまうのです。しかし対カットマン戦、特に守備型のカットマンには絶対の自信を持っています。なぜかというと負ける要素がないのです。ロングサーブを出して、粘って、浮いたボールをスマッシュ、イボ高なので少々の変化は平気、スマッシュをすればナックルでたいてい決まるのです。
 そして倉知ショックから1年がたちました。今度は僕が昨年の倉知選手の代わりをする事になるのです。時も静大戦、僕の得意なカットマンが3人もいるのです。そしてキャプテン加藤さんの不調。そうです。とうとう僕はあのリーグ戦へのキップを手に入れたのでした。

 3−1と有利なポイントでまわってきた5番、相手は4年のカットマンの石原選手。どうなったかは、はっきり憶えていません。たぶんいつもの様にロングサーブから粘ってスマッシュという、いつものパターンで勝ったのでしょう。

 12と14で楽勝でした。ただ1本取るごとに「ヨシ、ヨシ。」と大声を出して走り回り、ベンチを見、観覧席を見て応援に答えたのでした。観覧席の1年生の顔を1人づつ見ながら・・・。そう1年前は僕も観覧席であんな風に応援していたのです。その時、精一杯の応援を1本取るごとにガッツポーズで返してくれる先輩を見た時の嬉しかったことは忘れられません。中にはたまにしか観覧席を見ない先輩もいましたが、そんな時は応援ものりませんでした。僕があそこへ出たら1本取るごとに観覧席へガッツポーズを送ろうと決心したのはこの時でした。だから今、1本とるごとに大げさなくらい「ヨシ!ヨシ!」とガッツポーズを送りました。勝った時は本当に嬉しかった。本当に嬉しかった。本当に・・・。
 チャンスは又もめぐってきました。その午後の対南山戦、僕の出番はないはずだったんですが、吉田さんの調子がイマイチ、又南山にも2人カットマンがいるということで、僕の出番がまわってきたのでした。ラストの7番、加藤さんの読みが的中、相手は1年生ながらもなかなかの実力を持つカットマンの近藤選手でした。7番までまわってきそうな予感がしました。マンガの様に3−3のラスト、勝てばヒーロー、負ければ・・・、なぜか落ち着いていました。相手がカットマンだから。

 1セット目いつもの手で15本で勝ちました。2セット目、相手もバカではありません。返しても返してもこっちがミスしないので、打ってきました。後半押されましたが、最後に逆転し南山を破ったのでした。しかし、残念ながら次の日の名城戦には僕の出番がなく、負けてしまい2位に終わりました。
 さて、今度の春は4年の主力メンバー3人を失い、どこまで我々2年が中心になり2部を守って1部への足がかりをつくりかが、大きな課題です。又、僕個人として攻撃マンにどこまでやれるかが、ポイントです。さあ、ガンバロウ!



選手が観覧席の応援に応えて「ヨシヨシ」とやってくれると嬉しいものです。観覧席で応援した経験のある曽田選手ならではの戦い振りでした。