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1986年 「卓球部について」(当時J3)  安藤俊秀(J63)

 早いもので、スマッシングの原稿を書くのももう3回目になる。そして2年間の長い幹部も終えていつの間にか現役では最上級生になってしまった。
 僕が入学した当時、どういうきっかけでクラブに入ったかというと、地下鉄の階段を上がる時に余りにも自分の体力が衰えているのに気づき「このまま運動不足で年をとってしまうのではないか」との不安を抱いた。そしてまたその時の体育の授業の選択が、これだけはどうしてもやりたくなかった剣道にはまってしまい、頭にきたので衝動的に卓球部に入部したのであった。そんなわけだから、その当時はリーグ戦に出て名工大のためにがんばろう、などという考えはなかった。
 しかし、いいかげんな考えで入部したにもかかわらず学内リーグで新入生では2番手ということになって、いきなり愛知県体育館のフロアーで春季リーグ戦を観戦しそして結構熱くなって応援をしていたのを覚えている。それから夏までの間は、車校やバイトの関係で余りクラブには出なかった。(そのせいで今でもあたかも僕が出席率が悪いように思われているのである?)その結果秋季リーグ戦では学内リーグを戦わずして観客席から応援することが決まってしまい、リーグ戦合宿はただえらいだけのものだった。そんな中で覚えているのは先輩達があの熱い卓球場の中で一生懸命頑張っていたということだ。(特に佐藤さんが張り切っていたのが印象的だった。)観客席から応援していて試合をやっている選手がいやに遠いなと思った。今まで経験した6回のリーグ戦の中では一番つまらないリーグ戦であった。
 カットマンに転向したのは、このリーグ戦の後だった。服部さんにはやめたほうがいいんじゃないか?と言われたが、カットマンの方がおもしろそうだった。しかし、これが成功したかどうかの答えはいまだに出ていない。(少なくとも名大に対しては分が悪そうだ。)
 さて、この1年を振り返ってみると、僕達が入学した当時の服部さんがキャプテンだった頃と比べてかなり至らない点が多かったと思う。あの当時はトレーニングの量を減らしたりしたそうで、リーグ戦の結果も思わしくなく、OBの方からもいろいろ批判されたようだった。一方今年はというと、誰もが予想していなかった春・秋連続1部4位という偉業を成し遂げて、めでたく幹部を交代している。しかしクラブとしてのまとまりから言えば、あの当時のほうがよかったと思う。服部さんをはじめとした幹部の方全員が卓球部に対して真面目であり熱心であったし、服部さん、曽田さん、佐藤さん、白田さんの幹部4人のチームワークも絶妙だったと思う。僕達も卓球に関しては割と熱心にやってきたようだが、卓球部に関しては手を抜いてしまったのではないだろうか。
 むかしよく院生の方が、OBの方からなんて思われる!というようなことをよく口にされていたが、別にクラブは現役の思うようにやってゆけばよいと思っていた。しかし上級生になって(OBになるのが近くなって)少しは考えが変わった。会計をやっていてOBの方に、高いスマッシング代を嫌な顔もせずに払っていただけるのには、とても感心してありがたく思ったが、そのことばかりでない。
 いま名工大が1部にいるのは、もちろん強い選手がたまたまそろったからなのだろう。しかし、そのとき試合に出た選手の力だけで勝ったのではないはずだ。誰か上級生の方も言っておられたと思うが、今の1部は卓球部全員の力で勝ち取ったものだと思う。クラブ全体が目標にむかって頑張る、という姿勢があったからこそ今の名工大があるのではないだろうか。こういうものはそのときの現役の力だけでできるものではないはずだ。卒業された先輩方、OBの方がしっかりとした土台を築き上げておいてくれたおかげだと思う。それを後輩に伝えるという、幹部として重大な役目を僕達は怠ってしまったのではないかと、反省している。昔1部にいて、今3部や4部にいるチームが少なくないだけに心配である。
 さてできそうなことはすべてやってしまったかに見える名工大卓球部ではあるが、まだひとつできないことがある。今度の春のリーグ戦が多分最後のチャンスだと思う。それができるかどうかで、名工大卓球部が1部に上がった意義が大きく変わってしまうだろうと思う。また、部員全員の力でそれが達成できれば、名工大卓球部の新たな未来が開けるだろう。
 最大のピンチは最大のチャンスである!?
   参考文献 ’85スマッシング 杉本先生著
            同     服部さん著
            同     曽田さん著