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2000年 「OB会裏方話」(当時Zk2) 堂原久史

 主務を担当して一番印象に残っている「OB会」での話をここでは書くことにしましょう。

 OB会の始めの仕事はハガキをOBの方に出すことから。主将の吉田君の提案で、今年は案内文をもっときちんとしたものにしようということになりました。去年のハガキも参考にしつつ、表現がおかしいところを直し、今年1部の昇格したことをなども付け加えながら、試行錯誤してなんとか仕上げました。去年は布団の枚数についてうまくいかなかったということで、出欠の欄に布団の有無の欄を新たに付け加えました。

 次の僕の仕事は当日の備品などの準備。まず、コートナンバを作りました。またシングルス・団体戦それぞれの記録用紙をパソコンで作りました。それらの準備をしている期間に、卓球部のポストにOBの方から送られてきた、出席の有無の書いたハガキを取りに何度も足を運びました。ポストを開けて出席のハガキが多いと嬉しかったですね。そして、コメントもすべて目を通しました。名工大を過去卒業された人は今はこんな生活をしているんだ、とか、会社の都合で忙しくて来れない、とかいろいろわかりました。なんか将来自分もこのはがきに書いてあるようなことになっているのかな、と想像したりもしました。

 今年は団体戦で地域別(愛知、西日本など)のチーム分けをやめて別の基準でチーム分けをしたらどうかという主将吉田君の提案で、彼といろいろ案を出し合いました。いろいろ考えた結果、卒業の年代順でやろうということになりました。お歳を召された方がちょっときついかもと思っていましたが、結果的にはそのようなことはなかったようなのでほっとしました。

 いよいよ当日。朝、9時ごろに体育館に着きました。いらないネットとかを室外に出し、トーナメント表などを壁に張りつけ、みんなで掃除をして、コートナンバも台に貼り付けて準備万端。

 OBの方が集まったところで始まりました。今回のOB会は土曜日ということで開始時間を遅らせたため、できるだけ円滑に行わないと最後まで試合が出来なくなるとい事態が起こってしまいます。とにかく試合が終わったらすぐに結果を本部に持ってきてもらい、次の試合をすぐ始められるようにと懸命でした。特に、シングルスの時は、一気に何試合も同時に終わって結果が本部に送られてくると、てんやわんやになってしましました。ほんと、忙しかった。忙しいのは僕だけではありません。特に1年の奥山や馬渕には何度も何度も審判をやってもらいました。彼らにはほんと頑張ってもらいました。ここで改めてありがとうと言いたいです。

 試合も残すところシングスル準決勝、決勝。予定よりもかなり早く進んでいるのでほっとしていた頃、OBの方から「この周辺に銭湯はないか」と尋ねられ、またまたてんやわんやとなりました。本多君、稲葉先輩と守衛さんのところでタウンページを借り、探しましたが、徒歩でいけるところは見つかりませんでした。それで2次会の鳥鈴に問い合わせ、そこの近くの銭湯を紹介してもらうことで一件落着。

 これまで書いてきたように、OB会の仕事はとても忙しく、苦労も多かったのですが、会が成功して、その苦労も充実感へと変わっていきました。全体的にうまくいってほんとに良かった!よりよい】案内文や違ったチーム分け、自由に試合できる時間の設定など、改良点も多く取り入れられ、よりいっそうの会の充実を図ることができ、僕としては(つまり裏方として)大変満足のいく会となりました。

 というところで、来年もOB会の成功を期待しつつ、この辺で「OB会裏方話」を終わらせていただきます。


主務、お疲れ様でした。気配りされた経験は将来社会人になった時もきっと活かせるし、回りからも信頼されるでしょう。また、堂原君たちの努力で素晴らしいスマッシングになりましたし、堂原君からの「情報宅急便」が届くと、僕だけでなく、OBのみなさんも嬉しかったと思います。